台風がもたらした災害とすれ違い
今年10月に起きた台風は、各地に大きな爪痕を残しました。
僕の住む町は幸い被害を免れたものの、彼女の住む街は深刻な水害に見舞われました。
幸い彼女の家は無事でしたが、旦那さんの実家は床上浸水の被害を受けたのです。
ただでさえ後片づけは大変なのに、ご家族は腰が重く、行政への補償申請や泥掃きなどに積極的に取り組もうとしませんでした。
そこで彼女が率先して申請や片づけを進め、家族を奮い立たせていたのです。
その姿を想像すると胸が痛みました。僕も力になりたかったけれど、状況的に何もできず、ただ彼女の忙しさを見守るしかありませんでした。
本来なら会うはずだった日も、台風の被害からわずか3日後。
当然、約束は白紙となり、泣く泣く再会を諦めました。
結局、そんな日々が2か月続きました。
変わりゆく環境と募る寂しさ
彼女の生活にも変化が訪れました。
旦那さんの勤務体制が変わり、家にいる時間が増えたため、連絡できる時間は以前より限られてしまいました。
さらに彼女自身も更年期に差しかかり、生活リズムが不安定に。数日間LINEが既読にならないことも増え、僕は気持ちの置き場を見失うようになりました。
一方で、僕の仕事は台風後の特需で忙しさを極め、家に帰っても落ち着けない日々。
そんな中で「彼女に会いたい」という気持ちは募るばかりで、叶わない日々が余計に心を疲れさせていったのです。
久しぶりの“たった3時間”
ようやく彼女と予定を合わせられたのは、災害から2か月後のこと。
再会にかけられる時間は、わずか3時間。
でも、その3時間がどれほど待ち望んだものだったか、僕自身が一番よく知っていました。
車を1時間走らせ、待ち合わせ場所で彼女の姿を見た瞬間、自然に笑みがこぼれました。
彼女も満面の笑顔で迎えてくれ、その瞬間に心が軽くなるのを感じました。
ランチは彼女が行きたかったお店に向かったものの、混雑していて別のお店へ。道に迷いそうになった僕を、彼女がやんわりと先導してくれる――そんな小さな優しさが心地よくてたまりません。
車中では、旦那さんやご家族への愚痴をたっぷり聞かされました。大変な日々を乗り越えてきた彼女だからこそ、その言葉には重みがありました。僕はただ耳を傾け、彼女が吐き出すことで少しでも楽になればと願っていました。
プラトニックな再会がくれるもの
食事を楽しんだ後は、彼女が行きたがっていたスポットへ。僕自身には特別な興味がなくても、彼女と一緒だと不思議と楽しい時間になる。共通の“興味”が多いからこそ、一緒にいるだけで満たされるのです。
最後はソフトクリームを分け合いながら、短い時間を惜しむように過ごしました。
ただのデート。それもプラトニックな時間。
でも、そんなシンプルなひとときが、何よりも心に染みました。
「久しぶりに会えた」
それだけで十分にうれしかったのです。